ばあちゃん達がゴールドコストの姪の家にいってしまってもう一年以上たつね、いやもっとかな。。。
ばあちゃんたちの荷物も全部ガレージにしまわれ。そのあとにばあちゃんたちが養子にした子供の中の一人の家族が母屋に住むようになった(ばあちゃん達は子供がいないので5人くらい養子にして育てたみたい)。母屋に住んでるのはお母さんと18歳の双子。
双子のうちの一人のおんなのこはこの前会ったけど(モデルみたいにかわいい)、もう一人の男の子はまだみたことない。18歳ともなれば彼が泊りに来たり、友だちの所に泊りに行ったりでほとんど家にいてることもなく、お母さんも朝はやくから仕事で週末は何処かに泊りに行ってて、とよもはここんとこシッターもなく静かにくらしてる。
母屋で人が居てると時と、誰もいなくなる時とでは、だーれもいないほうが凄い開放感を感じてうれしい。庭の芝生で寝たり大音量で音楽聞いたり。
ちなみに今日メインの部屋でとよもが本読んでて隣の部屋でみっしゅがねてて、みっしゅがいてるなぁとおもうとすごい暖かい気持ちになる、人間だと居ない方が開放感あるのはなんでやろ?人が居てるとなんとなーく自分を演じてるかもな。
ばちゃんは『あんたの部屋の電気がついてたら、ああーいてんねんなぁっておもてうれしいわ』っていうてくれてた。のになぁ。
今日はインドのお寺でインドの教典の勉強会の最終日だったので行って来たけど。そのときに皆で歌歌うのに歌詞カードがとよものとこには回ってこなくて、隣の人たちは二人で歌詞カード一緒に見てて、その時に機嫌が悪くなった自分を発見。歌詞カードない人はとよもだけとちゃうのにね。
みんなから阻害されてると思い込む妄想があるから、一人でいる開放感にあこがれるんかいな。ややこしいじぶん。
話題変わって
オーストラリアに来て初めてホワイトアンチョビというものを食べた。それはおしゃれなレストランでホワイトアンチョビの缶をあけただけのと、そのよこに2種類のディップとおしゃれなクラッカーで20ドルとかやったっけ。でもそのホワイトアンチョビが、塩辛いアンチョビではなく、すっぱい、しめさばみたいに。それがうまい。ずっとスーパーでホワイトアンチョビ探してたけどやっとみつけた(ハリスファームで売ってるよ)。自作のタマネギとにんじんのカレーピクルスとからめると、うみゃーーい。皿も自作どす。