ちっちゃいときから、勉強できなく、運動できなく、絵くらいかな普通にできたん。でもな、テストのときだけは跳び箱6段飛べて、その時確かに誰かが背中押してくれた感覚があった。
ほめられもせず、特にできることもなく、何にもできない自分という考えとともに生きてそれ相応にできない人の人生たどってきた。そのなかで宝石みたいなことば『とよちゃんはやさしいなぁ』っていうてくれた近所のおばちゃんかいてた。子供やった私を見てどこがやさしいって思われたんやろっておもう。それなりにストレスもあってこっそり悪いこともしてたし。きっと何も無い自分を知っててこどもごころにやさしさを演じてたのかもなぁ。
そんなとよもが大人になってグラフイックデザイナーとして働いてた時、なにもかもかっこええフォトグラファーと仕事をし、きっとこの時、雲の上とつながって自分で自分の好きな物創るようになった。そのあとこれまたかっこええオーストラリアのフォトグラファーに出会い、なにもかもぶっちぎってオーストラリアに移住。
これは今考えても、不思議としかいえない。海外旅行もきらいで住んでるとこと会社以外見てなかった自分をかってにむかし背中押してくれた神様がすごい力でまた押した。
日本からでて、日本で作り上げた冴えない自分が無くなるまでかかった年月24年。
なんかわからんけど、うじうじなやんだり、心配の袋の中にすっぽりおおわれたり、人をぐっさり刺したり、機嫌が悪くなって操縦不可能になったりするのはもうやめたいってすごいおもう。
跳び箱自分で飛んだんと違う
そのとき誰かが押してくれたから。
自分の人生はじぶんでなく誰かがいつも動かしてる。
跳び箱の神様がいつも今ここにだけいとけよっていうてる。
ほんなら、かってにいろんなことが流れてくるから。
なんにも、そこでつかみ取るとかつづくことはない。
出て来ては消えていくもんばっかりやで。
それを楽しんでや。
そうやったらなんにも無くしたり恐なったりすることもないし。
今流れて行くものつかんで自分のもんにしようとした瞬間
それを失くす恐怖とかがでてくるねん
流れてくるのんみてそれで自由に遊ぶだけ。
跳び箱の神様が自分を通して何かを創りたがってるだけ
創造したいようにさせよう、ながれるままにあふれださそう。