雨に濡れる猫の魂

昨日の早朝、何かに促されるように久しぶりに、川沿いの散歩に出た。

今年はシッターの数も少なく家で過ごす日々が4週間くらい続いた中でシェアメイトロッテンマイヤーとの心の戦いもあって、結構沈んでたから。心の戦いとは建設的な話し合いができずに、相手のやることとかを嫌だと一方的に思って自分の心がちょい収まるような小さい仕返しをやったりしてしまうこと。やばいね。

具体的には、とよもが夜にシャワー使ってる時、ロッテンマイヤーがわざわざとよもが必要としてつけてたバスルーム前の電気を消しに出てくる。なんでやねん。。。

次の日、いつも11時ごろ帰ってくるロッテンマイヤーにとよもはいつもバスルーム前の電気だけつけといてあげるけど、その日は消して寝た。仕返してしまった。。。

帰ってきたロッテンマイヤーは、真っ暗なことで怒ったのか、キッチンの電気をつけたままバスルームに入り出てきてドア開けたまま、換気扇もつけっぱなしで、自分の部屋のドアも開けたまま大声でいつもの電話通話を長々とやったのでした。(とよもは部屋にいててもバンバン音を立ててドアしめるので彼女の行動はすべてわかる。ああ怖い。

次の朝、とよもは一緒の場所にいるのが嫌で早朝から歩きに出かけた。

いつもの道を行くとボロボロの家の庭に猫が10匹くらいいてる場所がある。

昨日その家の前を通ったとき1匹の猫が道路の端っこで寝てるのが見えた。近づいてみると、白に黒い模様のある若そうで綺麗な猫。

猫の毛には雨の水玉が綺麗について、思わず手を合わせた。

仕事に行って家に帰った後もなんとなくとよもはその亡くなった猫のいてる場所に向かわなかった。

そして今日を迎え、やっと決心して、包める布とバッグも持って行ったけど、さすがにもう1日経ってるからそこに猫の死体はなかった。

 

今でも頭も中にあるのは、すごく綺麗な猫の顔とそこについてた雨の雫。

その神々しい魂の抜けた猫の姿は、

あの時のとよものぐったりした気持ちを一気に変えた。

いろいろなことが起こってるのは偶然ではなくそれぞれ何かを学ぶために起こってる。それについての行動も自分でやってると思ってるけどきっとそうなるようにはからわれてる

雨に濡れる猫の魂は、ここまで届いてとよもに行動させてくれたことを考えるとこの世にあるすべてのことはお互いにつながっておっきな一つの生命体みたいな感じかな?

それを取計らってる銀河猫協会はすごいと思う。

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